もうなにも書きたくないくらい、ため息が出てしまう美しさです

Lentの指示が与えられていますが、
よいピアノと聴く耳があれば自然にLentになってしまうでしょう。また、括弧書きの指示の中のlointaineは空間的・時間的に遠い・はるかなの意とありました。私は辞書でこの指示を調べる以前から、特に最終小節にそのようなイメージを抱いていました。この曲は、この最終小節に行きつくために時間が流れているように感じられてなりません
82〜83小節と86〜87小節のこのもっとも美しくなるべき主題が最も汚らしく感じられることが圧倒的に多く残念に思っています
譜面の解釈は2通り考えられます。2オクターヴで響く3音のうち、低音と中音の2音を同時に前打させトップノートを響かせる解釈 と、
中音1音のみを前打させ低音とトップノートの2音を同時に響かせる解釈との2通りです。ただ、
聴覚上においても、また楽典を注意深く解釈してみても、前者の方が相応しい
と思います。これ以外の解釈(特にこの3音を低音からアルペジオで演奏する解釈)に対しては肯定的な意味合いを見出せないでいます...

このように述べておきながら、13小節(
x)最初の和音のアルペジオの処理は、上記の2解釈の後者の方が相応しいのではないかと考えています。確かに矛盾には違いないのでしょうけれど、ただ どちらの場合であっても、
和音すべてをアルペジオで演奏するのではなく、前打音の後に記譜された和音を鳴らすという解釈であることは共通なのです。この違いを耳で聴いてみて、響きがどのように変わってしまうのか感じ取ってみませんか?
pppで響くこのもっとも美しい主題は、今回は全音音階を暗示した響き(80小節からの流れを汲んだ私の解釈です)の中に溶け込んでいますね。それに続く84小節はトップノートがEb→Bb-F。そうです、最初の小節右手の16分音符のトップノートEb-Bb-Fと同じです

85小節2拍目では4分休符を完全に休止し無音の間をとりたいと思います(残念ながら、そのように演奏しているCDを聴いた記憶がほとんどありませんけれど

)。88小節は84小節と音符の配置はまったく同じですが、高音域で響くBb→Fのパートはスラーからスタッカートに変わっています。当然表現も変わらなくてはいけませんね。88〜91小節のベース域は響きに微妙な変化があたえられていますが、おおむねEbm9的な響きです。これは、「94小節のDb調の響きに対する属和音的なAb調の響きである」92小節に対して属和音的といえるでしょう(ややこしい...)。
92小節。低音域の響きから高音域で響くBbに移るタイミングですが、88〜91小節の3連4分休符の間のあとに響くのとは違い、8分休符の間のあとに響くよう記譜されています。ですから、多少テンポルバートしたとしても、3連4分休符より間延びするのは好ましくないように思います。
ここが間延びしているうえにその響きが2小節にまたがって響いていないことが非常に多く、がっかりさせられてしまいます
最後の94小節のアルペジオの4音の美しさは、直後の遠くに響かせるバスのDbと高音域のAbのオクターヴを響かせることによって完成されると思います。素晴らしいピアノでこの音符を響かせると、その余韻はまさにlointaineの意味通りはるか遠くに消えていくように感じられます

ドビュっ氏はアルペジオの4音にはテヌートを表記していますが、DbとAbには表記していません。このDbとAbを響かせると不思議とすでに押し終えたアルペジオの4音が浮き出てくるように私には感じられるのですが...この表記のされ方と関係あるかもしれません(願望

(苦笑))...